「コンピュータはプログラムされたことしかできない」
と長いこと考えられてきたし、私もそう考えていた、この本を読むまでは。
専門的には、ずっと前から当たり前だったことなのかもしれないが、AIはおろかコンピュータは苦手な私には、その原理をアルゴリズムやロジックで説明されてもわからない。だから、物語を通じて歴史的な事件や逸話を飛び石伝いに紹介してくれたほうが直感的に理解できる。そして、これから中身の一部を紹介する本書は後者に類する。
常識のように考えられた「コンピュータはプログラムされたことしかできない」の発信元を探っていくと、過去のIBMワトソン研究所で、進んでいたAI研究と市場の反応にその答えがあった。当時、IBMの営業部隊はAIが組み込まれたデータ処理装置を売り込んでいたが、顧客から思わぬ苦情や心配が彼らに寄せられた。IBMが売りつけようとしているコンピュータが、いつか経営者や管理職の仕事を奪うのではないか、という声だ。そこで、IBMはAI研究すべてを中止し「AI研究をやめるべき」という内部報告書が作成された。作成されただけでなく、実行に移され、営業部隊には理論武装のために、批判をかわす単純なセールストークを教えた。それが冒頭のセリフであり、強力な文化的ミームとなった。
しかし、現在では、AIは二度の冬の時代を乗り越えたのち、AIの将来性を受け入れている。IBMはワトソンを進化させ、再び企業に売り込みをかけているのは周知の事実だ。今も多くの企業側の担当者は心配しているに違いないだろうが、待ったなしの競争の中では、最先端の技術を取り入れなければ、担当者の首のほうが先に飛んでしまう時代である(と思っている)。導入しないわけにはいかないだろうし、日本のメガバンクでもコールセンターに取り入れている。あらゆるプロモーションでは、機械と人は共存できると喧伝されているが、本当だろうか。企業の現場では、ひっそりと「人間さまお断り」が進んでいる、のではないだろうか、少なくとも本書の舞台であるアメリカでは進んでいる。そこで本書『人間さまお断り』の中から、教育や学び、将来の仕事に興味のある読者に、ぜひお伝えしたい事柄を2つ引用する。
かなり先鋭的な意見のように聞こえるが、本書の何よりもおもしろく優れたポイントはこれを具体的に実現するための提言まで行っていることだ。著者は、もう一つの職業訓練の誤りとして「まず学校に行き、卒業してから就職する」という暗黙の前提を打ち破らなければ、変化の速い労働市場では通用しないと指摘した上で、必要な経済政策として、「職業訓練ローン」制度を提案している。これは住宅ローンに似たものである。詳しくは本書を手に取り、P176からを読んでほしい。どの角度から見るか、解釈するかによるが、今とは大きく変わってしまい、自分の常識を常に更新していかなければいけないことだけは真実だろう。
とはいえ、変化するというのは、年齢を重ねるごとに重荷となり億劫になる。私自身、特に将来の暗雲立ち込める未来予測を断片的に聞くと、自分に不利だと気分が滅入ってネガティブになったり、逆に都合よく解釈して変にポジティブになったりする。そして、自分のことより将来を生きる子どもたちには不確実な未来を生きていく力をなんとかつけさせたいと思う。だから、昨今はそのニーズを嗅ぎ取ったロボットやプログラミング、人工知能の教育プログラムが増えている。そして、私自身の仕事でも「人工知能」をテーマにプログラムを開発しときどき開催しているのだが、そのときに参考にさせてもらった書籍が松尾豊先生の『人工知能は人間を超えるか』である。そして、松尾先生が「文句なく、ここ数年で読んだ人工知能に関する書籍のなかで最も感銘を受けた…」と帯で大絶賛するのが本書である。人工知能やロボットのことがわかっていなくても、すらすら読める本です。読み物として本当に面白いですよ。
by 山本尚毅
1983年石川県根上町生まれ。2009年から仲間と会社(株式会社Granma)を創業、日本メーカーの途上国の
ネクストマーケット(BoP市場)進出を支援。その傍ら、展覧会(世界を変えるデザイン展・未来を変えるデザイン展)を企画・開催し、人の行動変容(Behaivor Change)に興味関心を高める。現在は学び領域の組織に身を移しアセスメント・評価と未来の学びの研究開発及び商品企画を担当している。その他、HONZで書評を執筆中。
北海道大学農学部卒