2017年に入り、「人工知能 (英語でのArtificial Intelligenceを略称して、以下 "AI")」というワードをメディアなどを通じて聞く機会が増えてきています。よく、「AIにより仕事が代替される」、「AIが人間を超える(シンギュラリティ(技術的特異点)の到来)」、また「今の子供達の大半は、大人になる頃には全く新しい仕事を経験することになる」と言われていますが、来たるべきAI時代を見据えて我々親世代ができることはどのようなことなのでしょうか。
この大きなテーマへのヒントとなるお話を『2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方』(かんき出版)の著書、藤野貴教さんに伺いました。3回連載の最終回は、子育てにおいて藤野さんが心がけておられることと、テクノロジーとの関係性についてです。
テーマ5:子育てにおいて心がけていること
Q)AI時代の幸せな働き方を考えいらっしゃる藤野さんにとって、3人のお子さんの子育てについて心がけていることについて教えてください。
本物を知る、体験する
藤野さん:我が家では子供は小学校に入るまでは、通わせていた保育園の方針で、読み書き・計算などは一切せずに育てていたんですね。テクノロジーの文脈でいうと、テレビを始め、どんな電子機器も触らせていませんでした。ただ、小学校に入ってからは、その縛りを緩やかにしています。と言うのも、0歳から5歳のうちは、身体や感性を伸ばすということに注力して、体や心が育ってくれば、自然と勉強できる素地ができるという考え方に、私もすごく共感したからなんですよね。
脳科学の考え方についえては諸説あると思いますから、どれが正解かなのかはわからないけれど、自分の子供を育てるって、正解ってないわけで、自分が親として「こうがいいんじゃないか」ということを信じるしかないと思うんです。
でも、また子供が小学校に入ってから、また親としていろんなことを感じたり、考えたりしています。最近、妻が言っていたことで、面白いなと思うことがあって、「小学校に入るまでは、本物を見せる、本物を知ることが必要だと思う。でも、小学校に入ったら、実物じゃないもの、偽物を知ることを通じて本物がわかるようになると思う」と。これは、なるほどなぁと思いました。
なるべく小さい時期、土台のできる時期に「本物を知る、見せる」ということに関するエピソードとして、白鳥の飛来を見に、子供たちが4時間かけて実際に長野県まで行ったことがあります。保育園では、「白鳥が渡る」という絵本を読み聞かせしていたのですが、当時息子が年長で、実際に白鳥が渡ってくるところを見に行こう!ということになり、長野にある有名な白鳥の飛来地へ、保育園の子たちが出かけていったわけです。実際の子供達の反応はというと、「ふーん」というか、その時はまだピンと来なかったり、大人が思っている反応ではなかったります。大人は「あ、本物の白鳥だ!」と反応してしまいますが、子供はそうはなりません。大人はつい、子供の感動する姿を想像しがちですが、それは大人の思い込みなんだろうと。
なにせ子供たちからすると初めて見るものですので、大人が思うようなリアクションではなかったりもします。反応よりも、本物を知る、そして先々、なるほど!とわかる瞬間が来る。これは保育園の職員の方から聞いたことで、「子供はどう育っていくのか」という点で、なるほどなあと思ったエピソードです。
なぜ身体性が重要なのか?
我が家では、通っていた保育園の方針もあり、小学校に入るまでは、自然から学ぶ、本物に触れることを重視し、文字や数字に触れなかったり、電子機器にも触れないように育てるという方針でしたが、皆がすべてそうしたら良いとは思っていません。いろいろな考えがあるわけですから。
子供に伝えていくことは、「両方ともある」と言う世界を見せたらいいのではないかと思います。例えば、「実際の魚を見たことがない小学生が魚の切り身が泳いでいたと思っていた」という話を聞きますが、この子の場合には情報の量や選択肢が少なかったと言えるかもしれません。例えば、動画で魚を見るのと、水族館の水槽で泳いでいる魚を見るのと、海で実際に目の前で熱帯魚が泳いでいるのを見るのでは全然情報量と種類が違います。
例えば、動画で見る時には、視覚&聴覚、水族館では、視覚&聴覚&空間の感覚が使われています。そして実際に海に潜って熱帯魚を見るという場合には、視覚&聴覚&空間の感覚に加えて、身体感覚が何よりも異なります。つまり、データ量そしてデータの種類が圧倒的に増えるのです。AIの研究でも言われているのですが、入力信号の種類が多いだけ人の感性に与える影響が大きいと感じます。
この話については、ロボットのペッパー君を例に例えてみます。ペッパー君には目も声もありますが、例えば、ペッパーに「◯◯さん、どうやらお疲れですね?」と話しかけられても、言われてもピンとこない、グッとこないのです。と言うのも、ペッパー君には、心臓の鼓動や呼吸の感覚などの身体感覚がないので、ロボットの側から人間に対して言われてもどうも実感が湧きにくいのではないかと。
ロボットが持つセンサー量は、人間が持っている圧倒的なセンサーの量にはまだ程遠いと言えます。AIの研究の中では、「マルチモーダル」(複数の入力信号という意味)という言葉があります。入力信号を増やすこと、センサーを増やすことでロボットを人間により近づけようとする研究なのですが、まだまだ人間の様に沢山の事象を統合的に、そして何となく理解するという処理ができる様になるには程遠いのです。それ位、人間の身体的センサーとそれを処理するアルゴリズムは、とても高性能なのです。
そう言った文脈で考えると、「動画を見せる」だけというのは、人間の元々持っている身体性のポテンシャルが発揮されないまま成長することになると思うのです。AIに例えていうならば、十分かつ適切なデータ学習がされないまま時を過ごしているようなもの。データ量が少なければ、AIが賢くらないのと同じ、人間にも複数の信号、つまり多様な経験からの入力信号があり、そう言った豊富なデータから成長が促されます。この様にロボットの観点から比較すると、なぜ人間に身体性が重要なのか?ということが、腑に落ちるのではないでしょうか。
テーマ6:テクノロジーと触れながらテクノロジーと離れて生きる
Q. 藤野さんが実際にテクノロジーと触れながら、テクノロジーと離れるという文脈で、ご家庭で実行されていることはありますか?
人間としての強みを伸ばすこと
前述しましたが、我が家では、「本物を見せる、体験させる」こと、感性を育てることを大事にしてきました。それは子供にとって大切なことだと思ってきましたが、親自身にも当てはまることだと今では思っています。例えば、感性を大事にするということは、人間としての強みを伸ばすことであり、それがテクノロジーと離れることでもあるのです。
僕の妻のことを例にお話しすると、妻はここ10年子育てに専念してきましたが、3人の子育てが少し落ち着いて、自分のやりたいことをやり始めています。身体を磨くトレーナーに習って、トレーニングを始めたのですが、結果的に彼女自身の身体性を磨くことに繋がっています。こう言った、親が自分の身体性を感じて、直感を大事にしていることが子育てにも良い影響与えていると僕は思っています。我が家では、子育てにおけるリーダーは妻です。因みに、リーダーシップの本質は「自分をリードすること、セルフリーダーシップ」であると言われていますが、妻が「セルフリーダーシップ」に芽生えはじめた結果、子育てにいい影響を与えている気がします。
こういった、親自身が自分で意思決定すること、セルフリードしていくということが、子供にどうなってほしいか?を考える前に、人間としての強みを伸ばすことであって、それがつまりテクノロジーと離れて生きる、ことなのではないかと思っています。親が実践してこそ、子供が影響を受けていくと言えるのではないか、と考えています。
最後に、AI時代の教育や子育てについて、親世代に何かアドバイスがあればお願いします。
いや、私も初めての子育てですから偉そうなことはとても言えないのですが、自分の経験から思うことを言うと、子供にいろいろなことを求める前に、何よりも親自身が「まずやってみる」ことが、やっぱり大事なんだと思います。未来のことは誰にもわかりません。だからこそ、新しいテクノロジーを取り入れたり、子供と一緒に学んで体験してみたりするということが大事なのだと思っています。
また、子供に合った場を提供したり、創りだしたりしてあげるのも良いかもしれません。
というのも、仕事で成果を上げる条件って、
・仕事の能力、個人の能力
・没頭する力、俗に言うフロー状態や、グリッドと呼ばれる諦めない力、やり切る力
・他者との協業や、いい仲間と働く関係性
こういった要素のバランスだと思うのです。
これは、子供たちにも当てはまることで、例えば、没頭する力であったり、活躍できる場であったり、一緒に何かをする仲間であったりする。
こういった外部環境を整えてあげることが親にとって重要なのかもしれません。その子の能力にマッチして、没頭していくという感覚を持つことができて、仲間と磨き合う、という場が見つかるといいですよね。それは塾でもいいし、習い事でもスポーツでもいいし。ただ、それぞれの子供にとって、どういった場が良いのか?というのは、答えがないですし、正直やってみなきゃわからないことがありますが。ちなみに、フロー状態は、まさに能力と場とマッチした時に生まれると僕は思っています。
どんな場や機会を与えるにしても、子供に対して、「きっと大丈夫」という気持ちを、親が持っていることが大事なのだろうと思います。。自己肯定感という言葉がありますが、自己肯定感のベースは0-5歳までに形成されるといわれていて、最初に親ができることは、子供の自己肯定感を育てることなんだと思っています。まずは、子供が「自分は幸せだ」と感じられることが、親が子供に与えらえるギフトなのではないでしょうか。そして、その後10歳位からは仲間から与えられる自己肯定感が生まれてきて、最後はセルフリーダーシップにつながっていくんじゃないかな、と思っています。
子育てに答えはないわけで、だからこそ、親自身が今後の世の中の潮流を見据えて、自分なりの「未来観」を持ち、そのうえで親が自分自身で意思決定することが大事なのだろうと、一人の親として思っています。
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著者紹介:
藤野貴教
株式会社働きごこち研究所
代表取締役/ワークスタイルクリエイター
藤野氏プロフィール
アクセンチュア、人事コンサルティング会社を経て、東証マザーズ上場のIT企業において、人事採用・組織活性・新規事業開発・営業MGRを経験。
2007年、株式会社働きごこち研究所を設立。「働くって楽しい!」と感じられる働きごこちのよい組織づくりの支援を実践中。「今までにないクリエイティブなやり方」を提案する
採用コンサルタントとしても活躍。グロービス経営大学院MBA。
2015年より「テクノロジーの進化と人間の働き方の進化」をメイン研究領域としている。日本のビジネスパーソンのテクノロジーリテラシーを高め、人工知能時代のビジネスリーダーを育てることを志として、全力で取り組んでいる。2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方(かんき出版)を上梓。
2006年、27歳の時に東京を「卒業」。愛知県の田舎(西尾市幡豆町ハズフォルニア)で
子育て中。家は海まで歩いて5分。職場までは1時間半。
趣味はスタンディングアップパドル(SUP)。朝の海が大好き。自宅の隣の田んぼでお米を作っている。
ライタープロフィール
島田 敦子 | Atsuko Shimada
教育関連企業、自動車メーカー、IT企業でのマーケティング職を経て、米系機関に勤務。現在はIT業界に関連したリサーチや、ビジネスコンサルなどに携わる。2004年頃からダイバーシティプロジェクトに参画したことをきっかけに、ワーキングマザーの取材やイベント活動などをプライベートで実施。妊娠・出産を機に次世代教育や、AI時代の教育に興味を持つようになり、現在はモンテッソーリ講師養成講座を受講中。一児の母。 慶應義塾大学総合政策学部卒