はじめに
なぜ「海外で学ぶ」を考え始めたのか
はじめまして、ITコンサルタントで、小2、小4女子の母の富岡万里子です。本業では主に企業様のサイバーセキュリティ強化支援をさせていただいています。
約10年前に我が子が生まれた時、子どもの寝顔を見ながら考えました。
将来、我が子にどうあってほしいのか。
多くの親御さんと同じく、まずは「幸せになってほしい」が願いとしてあります。そして、もう一つ、「たくましく育ってほしい」との願いももっています。
私の考える、「たくましく育つと」の考えはざっくりとこの四点を満たしていることです。
自身の「大切なこと」を理解し、行動していくこと
自身の強みを理解し、それを活かして他人と共創できる能力を身につけること
どこででも生きていける図太さや対人関係能力を身につけること
さまざまな国の文化や人々の生活、価値観を肌で感じ、日本で育った経験の中で得た思考の「枠」を認知し、必要に応じて柔軟に「枠」を拡張していくこと
では、具体的に、我が子はどのような環境で、どのような経験をすれば、これらを身につけることができるのでしょうか。小学生から塾に通い有名大学に合格するのがよいのでしょうか、やりたいことをとにかく自由にするのがよいのでしょうか。
現在、この問いを私自身が探究しています。そして、探究の中の模索の1つが「海外で学ぶ」です。
本連載では、模索中の保護者である私が、様々な方にインタビューをした内容をご紹介していく予定です。「海外」「学び」のテーマに関心のある皆様のお役にも立てば幸いです。
連載の第一回として、ここからは、ガイダンスカウンセラーとして欧州の大学進学のサポートをされている EN EuroEducation 代表 北村美和さんが調和塾(主宰:京都芸術大学 本間正人教授)の2022年9月16日セミナーにてお話しされた内容を書き起こす形でご紹介します。記事の読みやすさのために、質問形式となっていますが、本記事は参加者として伺った内容をQ&A形式にまとめたものです。
ガイダンスカウンセラーとはどの様なお仕事ですか?
ガイダンスカウンセラーとは、一言でいうと、「進路相談のプロフェッショナル」です。ただし、単に大学入学を目的としてアドバイスをするのではなく、まず、(基本的に高校生を対象に)「将来なりたい自分」を明らかにし、そのために必要なスキルや経験を得るための進路についてアドバイスをする仕事です。ただし、日本では、インターナショナルスクール以外でガイダンスカウンセラーに相談できる学校はわずかです。
北村さんが海外進学を考え始めた経緯を教えてください
私は、海外で学ぶという希望を高校入学のタイミングで叶えました。子どもの頃、家の近くに外国語大学があり、そこに通う外国人の生徒さんたちが日本語で話しかけてくれ、話をすることが嬉しかったのですが、当時は海外生活への憧れはあったものの自分には縁のない世界だと思っていました。それが、中学のときにカナダからの帰国子女の子と友達になったことで、海外の学校生活への憧れ、興味が再燃し、海外進学を本気で考えるようになりました。
とはいえ留学の実現にはご苦労もあり、お母様との二人三脚で夢が叶ったそうです。
中学の先生に進路について相談したところ、「あなたには無理」「とりあえず日本の高校に行きなさい」と言われました。でも、先生に対する反骨精神と母の応援のおかげで、日本の高校に行かずにユタ州の高校に進学しました。インターネットが普及していない時代だったため母が色々な方に話を聞いて情報収集をしてくれ、その中から治安がよいという理由でユタ州の田舎の高校を選びました。
海外進学後の困難はどの様に乗り越えられたのですか?
希望に溢れて渡米しましたが、実際に行ってみると、相手の言っていることが全く分からない、寮の共同洗濯機の使い方に衝撃を受ける等、あらゆる面でカルチャーショックを受け、初日から泣いてばかりいました。
なかなか友達をつくることができずに日々過ごす中、体育の先生が気にかけて隣に座り「バレーボールとテニス、どっちがいい?」と話しかけてくださいました。テニスをしたことがなかったので「バレーボール」と答えると、次の日から学校のバレーボール部への入部が決まっていました。二択での質問をしてくださったのはありがたかったです。この時、何が好き?という質問だったら答えられなかったかもしれません。
バレーボールをしているときは言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれたため、無理なくチームに馴染むことができました。そして、”Good job”, ”Good try”等、ドキドキしながらも、私にかけられた言葉を見様見真似でチームメイトにもかけるうちに、3カ月程で英語での会話にも入っていけるようになりました。体育の先生には今でもとても感謝しています。
留学の初期に誰もが苦労する友達づくり。コミュニケーションの壁を打ち破るためには、温かい大人の存在は欠かせないですね。
海外留学の学費の工面で工夫されたことがあれば教えてください
一般中流家庭からの海外進学だったため、学費の足しにするために、帰国したときはアルバイトをしていました。ところが、16歳でできるアルバイトは少なく、大した額にはなりませんでした。そんな中、アメリカには飛び級というシステムがあるということを聞き、時給500円のバイトで稼ぐよりも、飛び級すれば1年分の学費、寮費、生活費が浮き、大幅に節約することができる!と奮起しました。そして、毎日夜遅くまで勉強して必要な単位を全て取得し、同学年の生徒より1年早く高校を卒業しました。
留学に学費の悩みはつきものですが、飛び級で期間を短くすることでトータルの学費を節約する、というすごいアイデアです。
ガイダンスカウンセラーに就かれた経緯を教えてください
日本の大学に進学する予定でしたが、飛び級したため年齢が日本の大学受験の資格に満たず、そのままアメリカに残ることにしました。幸い奨学金を得て大学・大学院を卒業することができました。卒業後、ニューヨークのPR会社に就職し、有名企業のプレスリリースを出したり、イベントの企画をしたりしていました。その後、ベルギーの会社からヘッドハンティングされ、ヨーロッパに行くのもいいかも、という直感に従って転職を決め、ベルギーに移住しました。転職先では、マーケティングとセールスの仕事を担当しました。
なるほど、直感をフォローして転職されたことがきっかけで、今のヨーロッパをベースとしたお仕事につながったのですね。
その後、インターナショナルスクールと大学でPRとマーケティングを担当する機会に恵まれ、大学勤務の時に「英語圏ではない国で英語で学ぶ」ことを他の大学と共同でプロモーションする仕事を任され、ヨーロッパの8つの大学の担当者たちと一緒に日本に行くことになりました。最初は日本のインターナショナルスクールでのみ説明会を開催してましたが、一般の高校生向けにも開催したところ大盛況で、海外の大学で学びたいと思っているものの、誰にも相談できない学生や、十分な情報を得られないためにあきらめてしまっている学生が多いことを知りました。
確かにヨーロッパの留学情報を知るすべは少ないです。
日本で海外の大学の情報を得るのは留学エージェントさん経由です。留学エージェントさんは取引先の大学の情報を無料で提供し、その大学への入学を仲介・斡旋することで学費の10%ほどをコミッション(手数料)として大学側から受け取ることで成り立つビジネスモデルです。主に英語圏の大学を紹介していますが、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアの大学は、学費が年間400-600万円、多いところでは1000万円(*1)ほどかかります。一方で、EU圏内の大学は非英語圏でも英語で授業が受けられ、安いところで年間390ユーロ(約5万円(*2))、平均でも70-80万円程度で学べます。しかし、学費が安いとコミッションも安くなるためエージェントさんは取り扱っておらず、そのため日本ではなかなか詳しい情報を入手することができません。このため、日本の皆さんの頭の中には「海外進学=費用がかかる」という概念ができてしまっています。
平均でも70-80万円程度というと、日本の私立大学の学費より安いとは驚きです**。
私は、海外で学ぶということはもっと身近な選択肢であることを日本の皆さんにも知ってもらいたく、また20年ベルギーを拠点にヨーロッパ各国で働いており(そのうちの15年は国際教育の分野で活動)、大学で様々な情報を得るネットワークも持っている。だから大学の営業部として働き一部の大学のみを紹介する留学エージェントとしてではなく、日本ではまだ知られていない職業ではあるけれども、中立な立場を保ち、制限なく生徒さんのニーズに合った大学を探し出すガイダンスカウンセラーとしての道を切り開いていきたいと思いました。
なるほど、日本の生徒さんに中立な立場で情報提供ができるというのは、北村さんのご経験とカウンセラーという立ち位置があるからこそできることなのですね。
今まで様々な仕事をする中で、「自分が子供だったときに必要だった人になりたい」と考えるようになり、この願いがかなうのであれば挑戦してみたい、思い立ったらやってみよう、やってみてダメなら別の仕事を探そうと思い、独立して、海外で学びたいけれど誰にもサポートしてもらえない学生たちをサポートするガイダンスカウンセラーの仕事をはじめました。
具体的にガイダンスカウンセラーのお仕事内容を教えてください
現在は、個人向けのガイダンスカウンセラーとブリュッセルのIBスクールのスクールカウンセラーの仕事をしています。
個人向けのカウンセリングでは、生徒さんの「将来なりたい自分」を大切にしています。さらに、能力や性格、寒いのは苦手等の生活面の嗜好、海外進学の予算等を把握して、生徒さんごとに大学のリストを作成します。これはコピー&ペーストをすることができず、生徒さんごとに完全にカスタマイズして作成します。
日本の高校卒業資格では直接出願できない大学もあるのですが、これは欧州各国の大学が日本の中等教育の仕組みを十分に把握していないことが理由のひとつです。国や大学により様々な特徴や制約がありますが、生徒さんが決めた出願先が、日本のディプロマで直接出願を認めていない場合でも、必要に応じて様々なサポート書類を提出し大学に説明することで直接出願資格を得られることもあります。日本のディプロマが正しく認識されるよう政府レベルでのロビイング活動も行なっています。
例えば、ヨーロッパの国や大学の特徴や制約には以下のようなものがあります。
オランダの大学 (research universities) は、日本の高校のディプロマをオランダの高校のディプロマよりもひとつ下のランクに位置付けているため、通常、直接大学に出願することができず、1年間ファウンデーションコースに通ったり、国内などの大学に1年通った後に出願する必要がある。稀に直接出願できたとしても、(各単位の成績の合計である)GPA(Grade Point Average)が4.5以下の場合は足切りされるため、偏差値が高い高校に通う学生は相対的に不利になる。*
スウェーデンの大学は、12月末までに高校の最終成績が出ていなければ出願できないため、年内に最終成績が出ない場合は1年間ギャップイヤーを取る必要がある。
学費が無料であるドイツの国立大学には、出願条件として共通テストを受ける必要があることに加え、特定の専攻を学ぶために高校で学んでおかなければならない教科が定められている。例えば、経営や経済を専攻するためには高校で数学を学んでおく必要があるが、文系コースの日本の学生は数学をとっていないケースが多く、その場合、ここでアウトになってしまう。入学前に Studienkolleg とよばれるファウンデーションコースで数学をはじめとする足りていない科目を学ぶ選択肢もあるが、授業はドイツ語で行われることが多いため、日本人にはハードルが高い。
このような細かい制約を確認したり、ときには大学出願権利を得るため大学への詳細説明が必要になる場合もあるため、個人向けのカウンセリングは、生徒さんひとりひとりに十分な時間をかけるために、年間10人までと決めています。」
個別カウンセリングの他に、不定期ですが一般向けのウェビナーを開催し、ヨーロッパの大学について話をすることもあります。ヨーロッパの大学は教育の質も高いことに加え、3年で卒業できるところが多いので、国や大学によっては日本の私立大学に行くより安くなり、参加された方は興味深く聞いてくださいますし、質問もたくさん寄せられます。昨年は、EU27カ国のうち4カ国の大学の情報を提供するフェアをオンラインで開催し、1000人以上の方にご参加いただきました。
今まで様々な方法でヨーロッパの大学の状況をお伝えしてきましたが、学校の先生とガイダンスカウンセラーが協力してすすめることで、生徒さんにとって一番よい結果を出すことができると考えています。生徒さんは、親御さんより先に先生に相談する子の方が多いです。全力で応援してくださる先生もいれば、ご自身が海外出願の方法を知らないから「海外は無理」と生徒さんに言ってしまう先生もいらっしゃるようです。生徒さんが思い切って胸の内を明かしても先生から応援してもらえないと「海外経験がないし、発音も日本語英語だし、やっぱり自分には無理なんだ」と自信を失くしてしまわれます。そんなときに、「日本語の訛りがあるということは、他の言葉が話せるという証拠。恥ずかしがることなんてひとつもない。私の日本語はバリバリの関西弁だし、経験はこれから積めばいい」と声をかけると、笑顔になり、気持ちが切り替わってエンジンがかかるのです。
<編集後記>
我が子が海外で学ぶためには、「お金」と「情報収集」の大きなハードルがあるため、海外で学んでほしいという想いはあるものの、なかなか現実的に考えることができませんでした。ところが、北村さんのお話を伺い、我が子が海外で学ぶことがぐっと現実的なものになりました。
また、北村さんが生徒さんひとりひとりに丁寧に向き合い、膨大な情報を収集し続けられていることに対して、尊敬と感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ただし、小中学生の子どもの親にとっては、我が子自身が「海外で学んでみたいな」という想いをもつところからかもしれません。海外で学び、たくましく幸せになってほしいという親の願いを我が子に強要することはできませんが、進路選択の視野が広がる手助けはしたいと考えています。
次回以降は、子ども自身が海外で学びたいと思う動機やきっかけをテーマに、海外で学びたいという想いをもち、海外の中学・高校・大学で学んだ方々に、海外に行くまでの経緯や、周囲の関わり方について、インタビューをしていきたいと思います。
注釈
* GPA は、学校の成績を単位で加重平均を計算した数値。成績がAからFといった文字評価の場合は、一定のルールにて数値換算する。国によって換算方法が異なるので要注意。また、アドバンスのクラスを履修した場合には、係数加算がされた計算方法もある。(例:EUではAは5ポイント、米国ではAは4ポイントと換算される)。
** 参考資料:私立大学等の令和3年度入学者に係る学生納付金等調査結果について
北村美和
EN EuroEducation 代表
大阪出身。1990年渡米。高校では数学でSterling Scholarに選ばれ 飛び級で卒業後、メリーランド州のTowson Universityにて学士及び修士号修得。NYでPRエージェンシー勤務中にヘッドハンティングされ、2003年にベルギーへ。その後現地のインターナショナルスクール、大学での勤務を経て世界各国の高校生・大学生達と接する中、住んでいる場所や通っている学校に関係なく情報を提供する大切さ、そして生徒ひとりひとりに対しての進路指導の必要性を実感し、ガイダンスカウンセラーとして独立。IACAC、IECA会員。 CASE Europe では日本人初のEuropean Advisory Committeeを務めた 。
本間 正人
京都芸術大学教授、NPO学習学協会代表理事、NPOハロードリーム実行委員会理事。「教育学」を超える「学習学」「最新学習歴」の提唱者であり、「楽しくて、即、役に立つ」参加型研修の講師としてアクティブ・ラーニングを25年以上実践し、「研修講師塾」「調和塾」を主宰する。東京大学文学部社会学科卒業、ミネソタ大学大学院修了(成人教育学 Ph.D.)。ミネソタ州政府貿易局、松下政経塾研究部門責任者、NHK教育テレビでビジネス英語の講師などを歴任。コーチングやポジティブ組織開発、ほめ言葉などの著書79冊。
(*1) 2021年度の年間の授業料平均は、州立大学で$27,560(約410万円)、私立大学で$38,070(約560万円)、学費が高い名門私立大学のハーバード大学、イェール大学は、それぞれ約$55,000(約810万円)、$60,000(約890万円)でした。さらに、寮費が約$10,000(150万円)必要になります。1ドル=148円換算。出所:アメリカ留学のための大学情報サイト
(*2) 1ユーロ=140円換算
コントリビューター
富岡 万里子 | Mariko Tomioka
通信会社や電気機器メーカーでデータ分析、ソフトウェア開発等に従事し、現在は、コンサルティングファームでITコンサルティング業務に携わる。小2、小4の姉妹の母。子育てをする中で子どもがもつ力に驚き、子どもの可能性を見つけてより添う子育てと学びを探究中。Learn by Creation へのボランティア参加をきっかけに対外的な活動をはじめ、子どもの小学校のイベントサポート、私立小中高等学校での IT サポート等幅広く教育に関わっている。